紫外線吸収剤(サンスクリーン剤)の励起状態

 地球表面に到達する紫外線は皮膚や眼に対して種々の障害を引き起こすため,太陽紫外線の人体への侵入を抑える方法の確立が緊急に必要とされている。肌を守るための化粧品であるサンスクリーン剤は皮膚上で紫外線を吸収/散乱し,生体への侵入を防ぐ作用をするが,生体への安全性の観点から,吸収された紫外線のエネルギーの行方,すなわち紫外線吸収剤分子の光励起状態から基底状態へ戻る緩和過程を明解にすることが必要である。
 当研究室では,有機系の紫外線吸収剤として汎用されているUV-B(280-320 nm)吸収剤(ケイ皮酸誘導体,ショウノウ誘導体,マロン酸誘導体)およびUV-A(320-400 nm)吸収剤(ジベンゾイルメタン誘導体,アントラニル酸誘導体)を対象とした研究を行っている。有機系紫外線吸収剤の励起状態のエネルギー準位,寿命および発光量子収量を蛍光およびりん光測定から決定し,過渡吸収,時間分解熱レンズ,時間分解ESRなどの各種分光学的手法を併用して紫外線吸収剤が励起エネルギー(吸収した紫外線のエネルギー)を放出する機構を明らかにする研究を行っている。本研究の一部は当研究室と民間企業との共同研究として行われている。

 
 

 現在世界的に使用されている代表的な有機系UV-AおよびUV-B吸収剤はそれぞれ4-tert-butyl-4'-methoxydibenzoylmethane (BMDBM) およびoctyl methoxycinnamate (OMC) である。市販のサンスクリーン剤は広い波長範囲をカバーするために,UV-AとUV-B吸収剤の混合系とするのが普通である。このような系ではUV吸収剤間のエネルギー移動が問題となる。BMDBMにはケト体とエノール体の互変異性体が存在し,光照射によりUV-A領域の吸収強度が低下しUV-A吸収剤としての能力が低下する光劣化の問題を抱えている。BMDBMの光安定性はOMC等のUV-B吸収剤が共存すると大きく影響を受けることが報告され,その原因としてUV吸収剤間の三重項エネルギー移動が多くの研究グループにより示唆されているが,三重項エネルギー移動を実験的に示した報告は確認されていなかった。

 当研究室では,個々のUV吸収剤の励起状態の特性を踏まえて,UV吸収剤間の三重項エネルギー移動を確認するために,二種類のUV吸収剤を含むEtOH溶液を調製し,励起波長を選択することによりどちらか一方のUV吸収剤のみを励起してESRおよびりん光スペクトルの測定を行った。その結果,両者のESRおよびりん光が重なり合ったスペクトルが観測され,三重項エネルギー移動が移動方向も含めて確認された。現在までにBMDBMからOMC等のケイ皮酸得誘導体およびdioctyl 4-methoxybenzylidenemalonate (DOMBM)への三重項エネルギー移動が確認されている。詳細は次の論文に記載されている。
 Chemical Physics Letters, 513, 63-66 (2011).
 Photochemical & Photobiological Sciences, 10, 1902-1909 (2011).
 Photochemical & Photobiological Sciences, 11, 1528-1535 (2012).


 

 
 

 特に,UV-A吸収剤であるアントラニル酸メチル(MA)からUV-B吸収剤であるオクトクリレン(OCR)およびOMCへの三重項エネルギー移動の速度定数を室温溶液中で求め,三重項エネルギー移動は拡散律速過程であることを明らかにした。詳細は次の論文に記載されている。
 Journal of Photochemistr and Photobiology A: Chemistry 346, 396-400 (2017).


 

 
 4-methylbenzylidenecamphor(MBC)等の有機系紫外線吸収剤は一重項酸素を光増感生成することが,一重項酸素の時間分解近赤外発光実験から判明した。同時に,hexyl diethylaminohydroxybenzoylbenzoate(DHHB, Uvinul A Plus)等の有機系紫外線吸収剤は一重項酸素の消光剤としての機能を有することも判明した。詳細は次の論文に記載されている。
 The Journal of Physical Chemistry A, 117, 1413-1419 (2013).

 Photochemical & Photobiological Sciences 16, 1449-1457 (2017).

 
最終更新日:2018年4月23日

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